サッカー

【画像】久保建英の父親・久保建史の仕事はミサワホーム!本も出版した教育方針とは

久保建英

スペイン1部の名門レアル・マドリードへの移籍が決まった久保建英選手。

9歳でFCバルセロナの下部組織(カンテラ)に入団してリーグ戦得点王になるなど、小さい頃から世界レベルの実力を持っていた選手です。

素晴らしい才能に恵まれて世界で実力を発揮している久保建英選手ですが、どんな家庭でどんな教育を受けて育ったのかが気になります。

そこで今回は、久保建英選手の父親にスポットを当ててみたいと思います!

久保建英選手の父親は、その教育方針について本を出版するほどのこだわりをお持ちなんです。

世界レベルのアスリートを育てた父親とは一体どんな人物なのか、職業や子育ての秘訣をまとめてみました。

久保建英の画像
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久保建英の家族構成は

久保建英選手の家族構成は、父親、母親、弟の4人家族です。

久保建英選手の出身は神奈川県の川崎市麻生区とされていますので、実家もこちらにあると思われます。

6歳年下の弟の名前は、久保瑛史(えいじ)さんと言います。

久保建英の弟・久保瑛史の顔画像彼もサッカーのレベルが高く、Jリーグの横浜Fマリノスの下部組織にあたる「マリノスプライマリー」に所属しています。

「才能は兄以上」とも言われているんだとか。

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久保建英の父親・久保建史はどんな人?

それでは、久保建英選手の父親がどんな人なのかに迫ってみたいと思います。

どんな仕事をしているのか、サッカーの経験があるのかどうか、などなど気になる部分をまとめてみました!

久保建英の父親・久保建史について

久保建英選手のお父さんの名前は、久保建史さんと言います。

顔画像はこちらです

久保建英の父親の久保健史の顔画像

優しそうな方ですね〜!

簡単なプロフィールは以下の通りです。

  • 久保建史(くぼ・たけふみ)
  • 生年月日:1971年?年?日(昭和46年生まれ)
  • 年齢:49歳(2019年現在)
  • 出身地:和歌山県
  • 出身校:筑波大学体育専門学群

筑波大学は国立大学ですが、サッカーの強豪としても知られています。

久保建史さんもサッカー部に所属していたそうです。

久保建英の父親・久保建史の仕事や年収は

久保建英選手の父親・久保建史さんはどんな職業をされているのでしょうか?

世界的なサッカー選手の父親と聞くと、アスリートだったり有名な指導者を想像しますが…

久保建史さんの職業は、ミサワホームで働くサラリーマンでした。

ミサワホームの平成30年9月30日付の人事異動情報によると、久保建史さんの役職は「総務人事部長 兼 BR働き方改革推進室 担当室長」となっていました。

久保建英選手が小学4年生の頃にスペイン・バルセロナに渡った時は、仕事があるため日本に一人残った状態だったようです。

不動産屋

気になる年収は1000万円以上だと思われます。

ミサワホームの部長クラスの収入は、月収が74万円程度、ボーナスが307万円程度と言われています。

そのため、年収にすると1,160万円になると予想できます。

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子供が小さい頃から海外へ行ったりという生活を見ても、一般家庭よりは裕福な層であると言えますね。

久保建英の父親・久保建史のサッカー経歴は

久保建英選手の父親・久保建史さんのサッカー経歴を調べてみました。

久保建史さんは学生時代にプレイヤーとしての経験はありましたが、指導経験は大学時代に少年サッカーを指導した以外はほとんどなかったと言います。

しかし、子育てを始めた頃「自分が親として何をしてやれるかを考え、サッカーなら親子一緒に楽しめるかも知れない」という考えたんだとか。

親子でサッカーをする画像そして息子を指導することを見越してなのか、東京都稲城市の坂浜サッカークラブでコーチ活動を始めました。

久保建英選手が2歳のころからボールを触れさせると蹴る動作も始めたため、3歳になった頃から自身がコーチを務めるチームでサッカーを始めさせたと言います。

そこからはメキメキと力を伸ばして、今や日本のトップクラスの選手となりました。

最初は親子一緒に楽しむことが目的でしたが、今度は世界トップの選手となるのが親子の夢になったということですね。

久保建英と父親・久保建史の関係性

久保建英選手の父親・久保建史さんは、子供時代にどんな触れ合い方をしていたのでしょうか?

久保建史さんはサラリーマンということもあり仕事が忙しく、家に帰るのは子供がすでに寝ている時間ということがほとんどだったそうです。

そのため、朝早く起きて仕事に行く前にほぼ毎日ボール遊びに付き合うことを始めました。

年間で数えると350日は一緒に遊んでいたんだとか!

自分なりに「父親らしいことをするために」と考えての行動だったそうですが、仕事も忙しい中で毎日実践するのは並大抵のことではなかったでしょう。

久保建英選手がこれほどまでの選手になったのは、父親の愛情たっぷりの毎朝のボール遊びがルーツになっているのかもしれませんね。

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本も出版するほどの教育方針がすごい!

久保建英選手の父親・久保建史さんは、子育てについてかなり強いこだわりを持っていたそうです。

2012年には、これまでの子育て経験をまとめた著書本『おれ バルサに入る!』を出版しています。

ここでは、久保建史さんが書いた本の中から教育方針をいくつか紹介させていただきます。

久保家の方針その1:次男っぽい長男にする

久保建英兄弟の画像スポーツ界でも芸能界でも、成功する人は長男より次男が多いというのはよく聞く話ですね。

久保建英選手のご両親は、父親の久保建史さんは長男、母親は次女だったそう。

そのため、それぞれ長男と二番目の特性が分かっていたんですね。

その特性については、

長男は周りをみて、すぐに行動できないところがある。

優しさもあるが自分の気持ちをストレートに表現できない。

と表現されています。

確かに、次男は兄に負けじと積極的になったり、兄や兄の友達とも同等に接したり、上の年代に追いつこうという工夫をする場合が多いですね。

久保さん夫婦は自分の子供にも強い心を持ち、それでいて人に優しい人間に育って欲しいと考えていたため「長男だけど次男のように育てたい」という方針で子育てをされたそうです。

そして「男の子は運動神経がいいことが自信につながる」と考えて、体を動かすことを大事にすることを決めたそうです。

久保家の方針その2:家の居心地がいいとダメ

家の画像

久保建英選手のご両親には「外遊びするためには、家の居心地が良いのはいけない」という考えがあったそうです。

母親は子供が家にいるのを見ると必ず「外に行って遊んできなさい」と声をかけるように心掛けました。

それだけでなく、自宅内の居心地をわざと悪くするために

  1. テレビはつけない
  2. ゲームもおかない
  3. おもちゃも買い与えない

という教育方針を貫いていたそうです。

家以外の環境に慣れるためにも、幼稚園時代に所属したサッカーチームではお泊まり合宿に積極的に参加させたり、小学校に上がる前には一人で友達の家にお泊りに行くという経験もさせたと言います。

久保家の方針その3:裸足で遊ぶ

裸足の画像

久保家では、子供が外で遊ぶ時には裸足になることを徹底していたそうです。

子育て本などでも、足裏の刺激は子供の成長に大きく影響を与えると言われていますね。

久保家でも、体幹や足裏の感覚を鍛えるために裸足にさせることを意識していたそうです。

また、家の中には常にボールを置いて、いつでも蹴られる環境を作ってボールに慣れるようにしていたようです。

久保家の方針その4:絵本の読み聞かせで想像力を

久保建英選手は、小学生の頃から海外のチームでも「わからないことはすぐに聞く」という姿勢があったと評価されています。

父親の久保建史さんは、こうしたコミュニケーション能力や、思考力を磨くことができたのは「読書」のおかげではないかと考えているそうです。

ご両親とも、子供の頃にそれぞれの両親から絵本を多く読んでもらった経験があり、久保建英選手にも小さい頃から読み聞かせをしていたと言います。

ご自宅には絵本が400冊以上もあり、週に数十冊の読み聞かせを行っていたそうです。

毎日の読み聞かせの効果もあり、久保建英選手は今では自分から進んで読書をするようになりました。

海外でのコミュニケーションや想像力など、プレー以外の感性の部分は読み聞かせで育まれたのかもしれませんね。

サッカーの画像

久保建英の父親・久保建史の情報まとめ

久保建英選手の父親について、仕事や教育方針などの情報を紹介させていただきました。

父親の久保建史さんのお仕事は、ミサワホームの部長で年収1000万円以上のサラリーマンでした。

本を出版するほどのこだわりがあり教育方針については、現在多くの注目が集まっています。

世界的選手を育てた教育方法は、今後多くの家庭で真似されるかもしれませんね!

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