フィギュアスケート

【画像】羽生結弦の父親・羽生秀利の職業は教師で現在は校長?年収や教育方針がすごい

フィギュアスケートの世界トップに君臨する、羽生結弦選手。

いつでも完璧な立ち振る舞いで「天才」と呼ばれている彼が、どんな家庭で育ってきたのかは気になりますよね。

スポーツ選手は密着番組などで家族が紹介されることも多いですが、羽生結弦選手についてはあまり家族が出てこないイメージがあります。

そこで今回は、羽生結弦選手の父親にスポットを当てて、顔画像や職業、教育方針についても詳しい情報をお届けしていきたいと思います!

羽生結弦の家族構成は

羽生結弦選手の家族構成は、父親・母親・姉・本人の4人です。

  • 父親:羽生秀利
  • 母親:羽生由美
  • 長女:羽生さや
  • 長男:羽生結弦

姉のさやさんは羽生結弦選手の4歳年上で、1990年に羽生家の長女として生まれました。

もともと姉のさやさんがフィギュアスケートをやっていたため、その影響で羽生結弦選手はフィギュアスケートを始めました。

羽生結弦の父親・羽生秀利について

羽生結弦選手の父親は、羽生秀利さんといいます。

羽生結弦の父親の羽生秀利の顔画像,家族
  • 名前:羽生秀利(はにゅう・ひでとし)
  • 年齢:50〜60歳?
  • 居住地:宮城県仙台市
  • 応援している球団:広島カープ

お顔はあまり羽生結弦選手には似てませんね。

羽生秀利さんのスポーツ経験は、長年野球をしていました。

そのため待望の息子には最初野球をやらせたかったそうなのですが、羽生結弦選手が楽しそうにフィギュアスケートをしている姿を見て「自分のやりたいことをやりなさい」と応援することを決めたそうです。

羽生結弦選手が小学3年生の時にスケートを辞めようか悩んでいた時には

「嫌なら辞めてもいい。野球の方がお金もかからないから」

と、子供の意思に委ねる言葉をかけました。

一般的には「自分でやりたいと言ったのだから途中でやめるな」という親が多いと思いますが、羽生秀利さんは子供のことも1人の人間として扱っている感じがしますね。

あとは、この頃はまだ「息子に野球をやらせたい」という未練が若干残っていたのかもしれません。

※羽生結弦選手の父親としてよく以下の画像が出回っていますが、こちらは羽生秀利さんではありません。

都築章一郎コーチ

こちらは、羽生結弦選手を小学校2年から高校1年まで指導していた都築章一郎コーチです。

羽生結弦の父親・羽生秀利の職業は

羽生結弦選手の父親・羽生秀利さんの職業は教師です。

教員時代は数学と技術家庭科を担当し、野球部の顧問として指導をされていました。

現在は学校経営側の役職についているようです。

羽生秀利の現在は校長先生?

羽生秀利さんの役職について調べてみると、

  • 〜2014年3月:宮城県石巻市立湊中学校教頭
  • 2014年4月~2016年3月:宮城県宮城郡利府町立しらかし台中学校教頭
  • 2016年4月~現在:宮城県多賀城市塩釜市立第三中学校校長

という情報がありました。

塩釜市立第三中学校のホームページを見たところ、2020年現在も校長職についていました。

宮城県多賀城市塩釜市立第三中学校

ちなみに、2014年に羽生結弦選手が湊中学校をサプライズ訪問してアイスショーを行ったことがありましたが、父親である羽生秀利さんは取材等のメディア出演は一切されていませんでした。

羽生秀利の年収は

フィギュアスケート選手はお金がかかるスポーツということもあり、選手の実家は裕福な家庭が多いです。

ですが、羽生結弦選手の実家は特別にお金持ちだった訳ではありません。

中学校の校長先生の平均年収は1150万円ほどとなりますが、一般教員の平均年収は335~408万円ほどです。

現在は裕福な方だと思いますが、フィギュアスケート選手の親としては収入は少ない方でしょう。

自宅についても、羽生結弦選手が小さい頃は仙台駅から車で20分ほどかかる家賃5万円の県営住宅に暮らしていたといいます。

さらに、節約するために羽生結弦選手が拠点をカナダに移すまでは、衣装も母親の手作りのものを使っていました。

羽生結弦の衣装,母親の手作り

母親も現在は専業主婦ですが、以前はパートで外に働きに出ていたとのこと。

平均的な収入の家庭で育ったからこそ、ハングリー精神を持つことができているのでしょう。

羽生結弦の教育方針がすごい!

世界のフィギュアスケート史上最高の選手とも言える羽生結弦選手。

世界王者はどんな教育を受けて育ったのでしょうか?

ここでは、羽生結弦選手の両親の教育方針を紹介させていただきます。

一流の選手である前に、一流の社会人に

教育者である羽生秀利さんが息子の羽生結弦選手にいつも伝えていた事は、

どんなにフィギュアの練習が大変だったとしても、勉強は続けなさい。

将来は一流の選手である前に、一流の社会人になってほしい。

ということでした。

両親の教育方針は「文武両道」。

そのため羽生結弦選手は遠征した先でも参考書を持参して、時間がある時は勉強をしていたそう。

成績はいつもオール5で、両親の教えを守り続けました。教科は理数系が得意だったんだとか。

子供の自主性を尊重

羽生秀利さんは、昔から子供の自主性を尊重して羽生結弦選手が自ら答えをだすように導いてきました。

羽生結弦選手を小学校2年から高校1年まで指導していた都築章一郎コーチは、両親の教育方針についてこう語っています。

羽生家の場合、あるときは密接で、あるときは突き放すという教育をされていた気がします。

子供にやらせるのではなく、子供が関心を持ったことに、可能な限り協力する。

子供の『自主性』を尊重するのが、羽生家の教育方針でした。

自主性を育む教育を受けたからこそ、どんなにつらい状況も自分で乗り越えられるような強い精神力を持つことができたのでしょう。

決して表には出ずに陰でサポート

子供の自主性を尊重している羽生秀利さん。

ですが、陰では羽生結弦選手の活動を全力で応援しています。

羽生秀利さんのサポートについては、こんなエピソードがあります。

羽生選手がフィギュア練習に熱中するあまり帰宅が深夜になる際は、
いつも秀利さんが車で迎えに行っていた。

羽生秀利さんは決して羽生選手のスケートには口を出さなかった。

『もっと頑張れ』、『もっと練習しろ』とは言わず、一歩下がって、『おっ、頑張っているな』と声をかけて、見守るというスタンス。

基本的なことは子供自身に全て任せながら、できる限りでサポートを続けていたようです。

また、芸能人やスポーツ選手の家族というのは本人以上にメディアに出たがることもあります。

しかしながら、羽生結弦選手の家族は一切メディアには出演されません。

ご両親の「スポーツ選手の親」としての信念について、羽生家に近い友人はこう語っています。

結弦の両親が表に出ないのは、頑張っているのは本人であって、親は関係ないという考えからなんです。

五輪で金メダルを獲得しても『私たちがしゃしゃり出て話すことはない』と言っていましたね。

控え目で多くを語らない、お二人とも、まさに東北人の気質を持った両親です。

前に出ることはなく、陰でサポートを続けるご両親。

素晴らしいご両親の教育心もしっかりと受けて育ったからこそ、今の羽生選手があるのですね。